家族と育児の話題 徒然なるままに

親が亡くなった時のことを想像する【そして無償の味方は誰もいなくなった】

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親が亡くなった時のことを想像する【そして無償の味方は誰もいなくなった】

あんまり想像したくないことですが
確実な事として
親も死ぬ
そして自分も死ぬ
妻や子どももいつかは死ぬ。

 

そこで
自分も40代になって、いつの間にか結婚して子どももできて
世間一般的には一応、大人と呼ばれるものになっている。
で
普段はそこまで意識していないですが
若い頃より
両親に対する感謝の気持ちは大きくなっている。
学生時代は反発することもかなりありましたが
本当に今はありがとうと感謝しかない。
なんなら孫(自分の子ども)に関しても未だ手間をかけさせている。

親ってどんな存在かというと
無償の味方 という言葉がしっくりきます。
それは本当の意味で自分に無償で味方をしてくれるのは直系親族ということを(じいちゃんやばあちゃんは既に亡くなっているけど)
今までの人生で本能的に感じているから。
自分的には妻、奥さんのことも最大限好きだけど、無償の愛って感じはしない。(自分は無償の愛を提供するつもりでいますが)
子どもは言うまでもなく頼る存在ではなく守る存在。
私には兄がいますが、兄弟については元から無償の愛とは少し遠い存在で、学生時代は痛めつけられたけど、刺激はくれた人といった感じです。
若い頃
広島の西城警察署で言われた「kyou最後に助けてくれるのは家族やぞ」という言葉は印象に残っています。

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そういう意味で、そういう無償の味方がいなくなると思ったら、精神的ショックは大きいだろうなと。
もちろんそれは仕方のないことだし
今まで受けたそういう恩を今度は自分が子どもや、もし生まれたら孫に向けていくべきなのだろう。
大人になって40代のおっさんが未だにそんな無償の愛の庇護を受けていたいなんて女々しいですが
ふと自分にとって
日本に1億2000万人、世界に80億人の人口がいたところで
無償の味方なんていえるのは親くらいなもんだな
と思います。
あとまぁ精神的な話で、自分自身は常に自分の最大最強の味方ですが。
そして自分の子どもにもそれは(自分が無償の味方であること)あてはまると思うので
親が亡くなっても
そこはよりしっかりしなければいけないのかもしれない・・・

「男は外に出たら7人の敵がいると思え」というような言葉も昔からあるし
「備え」は常に必要なのだろう。

そして誰もいなくなった アガサクリスティー

 

そう思えるのは
それは自分が割と良い家庭に恵まれていたということでもあると思いますが(学生時代にはそうは思えないこともありましたが)
喪失感は感じるのだろうなと。
みんな、両親が亡くなった方は、そんな喪失感を感じて生きているのかなぁ
間違いなく孤独感はアップするのだろうという気はします。
いろんな事情で親なんて知らないし死んでも何も感傷はないという方もいると思いますが。
*環境にもよると思うので、そのような無償の味方というのを強く感じる存在が親ではなく兄弟や親戚にいる感じるという方もいると思います
また、場合により血縁等関係なく大事に思う人もいるでしょう

 

まだ親は生きているので
健康で元気なうちは、思うまま健やかに過ごしてほしいです。
そして、親の幸せに自分もちょっとは貢献できたら良いな。これからも。
子どもが生まれた時
親が喜んでくれて、そのことは
自分の中でも、凄く嬉しかった。

 

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