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武井壮さんの努力や戦略が凄過ぎる【百獣の王】才能だけではない努力の天才

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武井壮さんの努力が凄過ぎる【百獣の王】才能だけではない努力の天才

芸能人に武井壮さんという方がいますよね。
十種競技の元日本王者で、足の速い、百獣の王と言っていて、百獣は倒したけど室伏さんだけは倒せない~みたいなトークが印象深い方です。
2018年の世界陸上マスターズで100mリレーで金メダルを獲得した方でもあります。

武井さんのことを、芸能人には疎い私でも知っていますし
個人的には好感度55~60点くらいの、好きでも嫌いでもない方でした。
よく出ている方だな、身体能力凄いな、という感想を持っていましたが
最近Youtubeの街録というチャンネルで、武井さんが自身の現在に至るまでの道を語る話を見て↓

とんでもないなと思いました。
とてつもない努力の天才だ、と。
幻冬舎の社長、見城徹さんの言葉に「圧倒的努力は岩をも通す」というものがありますが、正にそんな感じです。

もちろん、凄いスピードで日本王者になるくらいなので、身体能力的なことなど「才能」にも恵まれた方なのだと思います。

芸能界入りするまでの経緯が凄過ぎる!

 

・東京の葛飾区出身

・昔からスポーツは得意だった。

・小3の頃、両親が離婚して父と兄と暮らすことに。父は仕事で夜遅く鍵っ子だった。

・同じく小3の頃?同じマンションに住んでいた体育大学に通っていた兄ちゃんに超回復のトレーニング理論を聞いてそれが原点。小5の時にはその兄ちゃんからもらった20冊以上の体に関する本を全て読了していた。

・小学生の頃、運動会で負けるのが嫌でストップウォッチ片手に通学路をダッシュしてタイムを計っていた。その時何故同じ場所でハァハァするのか疑問を持ち運動生理学を学ぶようになる。

・小学生の頃は人見知りするところがあった。小6の頃入った少年野球チームでは活躍できなかった。

・家にお金の心配があったため、中学高校は特待生として入学し、6年間常に学年ナンバーワンで学費無料だった。ナンバーワンになって毎月12000円もらっていた。

・修徳学園中学の頃は野球をしていた。1年生からレギュラー2番で活躍して、たまにピッチャーもしたり。だが、親がいなくて食べ物があまり食べられなくて体格や体重がなかった。

・高校の頃、地理歴史研究部だったが、体育祭などのクラブ対抗リレーで運動部をごぼう抜きして優勝した。高校の頃は勉強に集中するためスポーツに本腰は入れなかったが、個人的に体の研究をして、頭で思ったことを思った通りにできるトレーニングを積んでいた。(中学の頃から含めて6年間)大学に入る頃には、どのスポーツでも日本代表になれるくらいの自信を持っていた。

・神戸学院大学では同期に誘われたのをきっかけに陸上100mを始める。すぐに10秒台を出し、コーチに見染められてトップ大学生が集まる強化合宿に誘われたりも。鮮烈デビュー優勝して神戸新聞に超新星現るとかでかでかと載ったのが嬉しかった。褒められたい認められたいという承認欲求が満たされた。2年の時、兵庫県のリレーで朝原宣治と一緒に走る。その時、朝原選手にはこのままあと2年やっても勝てないと感じ、勝てる競技は何か?と考えた時、10種競技があった。『デカスロン』という漫画があったのも少し影響した。

・十種競技は始めて2年半で日本王者になった。おそらく史上最速。十種競技を始めた時期に兄が癌で亡くなった。

・十種競技で日本王者になった年に引退して(マイナーでこのまま続けてもお金にならないと感じて)ゴルフのプロを目指す。ダンロップの特待生にゴルフ初心者なのに応募し、ゴルフの世界ジュニアチャンピオンなどばかりの中、体力テストでぶっち切りの記録を出し、実戦でもスイングのヘッドスピードがジャンボ尾崎さんとタイガーウッズの間くらいだった。結果合格。3年間ゴルフの練習をした。1年でプロになれなかったらゴルフプロはあきらめ、経験を芸能界デビューした時に活かそうと考えていた。

・30歳までは自分の目標のために好きなスポーツで頑張ると決めた

・30歳からは癌で亡くなった兄の分まで芸能人として一旗上げるために生きることを決意

・3年間のゴルフ修行から帰ってきたら、次は野球をより身に付けるために動いた。芸能界ではゴルフと野球の露出が非常に多かったので、トップレベルに近いところで実践してその競技のことをよくわかっている自分なら、クオリティの高いレポートや解説など優位性を持てると考えたため。野球は台湾のプロチームのフィジカルコーチをしたり、欽ちゃんの野球団や極楽とんぼの山本さんのチーム神様で実践的に体験。(欽ちゃんの野球団は顔が嫌いと言われて1年で首に)

・おしゃべり、トークの勉強をするために、極楽の山本さんなどとの縁で、とんねるずのタカさんなど芸能人が来る西麻布のバーに8年入り浸り、その会話を録音して車の中で聞き続けた。(31、2歳~39歳)

・その中で芸能界の立ち位置として33歳頃から「百獣の王」というフレーズを思いつき、動物図鑑を見て、1つずつ動物の倒し方を練っていった。インタビュアーと答える役を1人2役で練習したりして。38歳の時に、全部の動物を倒せてかつ、スムーズに話すことができるようになった。39歳の時、満を持して「うもれびと」でデビュー。

・スポーツ系だけでなく、どの番組に呼ばれても大丈夫な教養を身につけるために、兄貴の分まで芸能界で成功してやろうと思った30歳の時から、毎日1時間新しいことを勉強することを、それから17年間、1日も欠かしていない。
(上記動画では話していませんが、武井さんの身体能力を考えると、筋トレも毎日継続しているのではないかと思います。別の動画ではいつからかは不明ですが、毎日1時間フィジカル、1時間テクニカルなトレーニングをしていると話していました)

・デビュー前はレインボーブリッジの麓から「フジテレビ待ってろー!」と叫んでいた。

・「笑っていいとも」でレギュラーになった時も戦略的に考えて、日曜レギュラーを狙ってとった。

・日本では有名になったので、今後は世界でも有名な人になっていきたい。叶う叶わないじゃない「俺がどれだけやるかどうか」

 

なんというか、あまりに凄過ぎてビックリしました。
テレビに出ている人がみんな、こんなとんでもない努力をしているわけではないと思いますが、武井壮さん、アンビリーバブルな方です!
その情熱はどこから沸いてくるのか!?
頭も良く
常人とは努力の桁が違う!!!桁違いです。
成功するべくして成功しているのだと感じました。

 

音声ラジオのstand.fmでも同じような内容を話しました。
kyouの筋トレ投資チャンネル | stand.fm

 

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